今日は、逮捕などの刑事事件についての裁判例を紹介します。
検察官の上告趣意は,判例違反をいう点を含め,実質は事実誤認の主張であり,弁護人F,同Gの上告趣意は,憲法違反をいう点を含め,実質は量刑不当の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。
しかしながら,検察官の所論にかんがみ職権によって調査すると,銃砲刀剣類所持等取締法違反の事実につき被告人を無罪とした原判決は,重大な事実誤認の疑いが顕著であって,刑訴法411条3号により破棄を免れない。その理由は以下のとおりである。
1 第1審判決が認定した銃砲刀剣類所持等取締法違反の事実の概要は,被告人が,法定の除外事由がないのに,平成15年11月8日正午ころ(以下,平成15年については年の記載を省略する。),兵庫県川西市内の路上に停車中の普通乗用自動車内において,Hに対し,38口径自動装てん式けん銃1丁及びこれに適合する実包約3発(以下「本件けん銃等」という。)を代金100万円で譲り渡した,というものである。
第1審判決の認定によれば,上記犯行は,けん銃を必要としたHが,知人であるIと同人の紹介によるJに対し,その入手方を依頼したところ,この両名の仲介により,暴力団幹部である被告人から本件けん銃等の譲渡を受けるに至ったというものであり,Hは,11月26日,本件けん銃等を使用して,自己の勤務する焼肉店「△△△」の経営者で,日ごろから恨みを抱いていたA(以下「A」という。)を射殺した上,そのバッグを奪取するという強盗殺人の行為に及んだものとされている。被告人は,本件けん銃等の譲渡につき,第1審からその犯人性を争っているが,第1審判決は,I及びJの各公判供述は,その核心部分が一致し,被告人からHに本件けん銃等が譲渡された旨を具体的かつ詳細に供述するもので信用できる上,本件けん銃等の受渡日の行動について被告人が主張するアリバイは,客観的裏付けが全くないなど,その供述の信用性は低いので,被告人が銃砲刀剣類所持等取締法違反の上記犯行に及んだことに疑問は生じないとして,業務上過失傷害の事実と併せて被告人に対し懲役4年6月を言い渡した。
2 これに対して,被告人から控訴の申立てがあり,原判決は,けん銃等譲渡について有罪認定をした第1審判決には,判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるとして,第1審判決中被告人に関する部分を破棄し,業務上過失傷害の事実につき被告人を禁錮1年に処し,銃砲刀剣類所持等取締法違反の事実につき被告人を無罪とした。
その理由の要旨は次のとおりである。第1審判決がその信用性を肯定するI及びJの各公判供述は,Jが本件けん銃等の入手方を被告人に依頼した経過及びその際の状況並びに被告人がI・J同席でHに本件けん銃等を譲渡した経過及びその際の状況のいずれの点においても重大な食い違いがみられるほか,供述自体に変遷がみられ,その内容もあいまいである上,客観的証拠その他の証拠とも相容れない部分も多いのであって,その信用性に多大な疑問がある。また,本件けん銃等の受渡しが行われたとされる11月8日,被告人は,神戸市中央区で開催されていた中古車のオークション会場に入場していたことが原審での事実調べの結果判明し,この事実は,当日,本件けん銃等の受渡場所(兵庫県川西市内)に被告人が出向いたとする事実と両立しないか,少なくともその事実を認定するにつき重大な障害となる客観的事実である。
したがって,I及びJの各公判供述中,被告人がI及びJ同席の上,Hに本件けん銃等を譲渡した旨の骨格部分については,その供述内容の信用性に重大な疑問が残り,これを十分に信用できると評価することはできず,さらに,被告人にはアリバイがほぼ成立したというべきであるから,本件けん銃等譲渡の訴因については,合理的な疑いを容れない程度の立証が尽くされているとは到底いえない。
3 しかしながら,原判決の上記各証拠に対する評価は,著しく合理性を欠いており,是認することができない。
(1)以下の事情に照らすと,I及びJの各公判供述は,高度の信用性を有するというべきである。
ア I及びJの各公判供述は,核心部分でおおむね一致しており,相互にその信用性を補強している。すなわち,〔1〕Hからけん銃調達を依頼されたIが,その内容を伝えないままJを△△△に連れて行き,その場でHがJにけん銃の入手方を依頼し,Jが当初は驚き渋っていたものの,Iからの強い口添えもあり,帰宅途中,Jが被告人にけん銃調達が可能か問い合わせることになったこと,〔2〕Jが被告人に電話で問い合わせると,被告人から思いがけずけん銃調達可能との回答があったため,けん銃調達に向けての話が進められ,その後,Jは被告人から自動式けん銃で代金100万円と言われ,IがHにそれらを伝えたこと,〔3〕被告人とけん銃の受渡しをする日時が11月8日と決まり,I,J,Hの3名は大阪府豊中市内のファミリーレストラン「□□□」で待ち合わせをしたこと,〔4〕JがHの乗ってきた車(エスティマ)を運転して本件けん銃等の受渡場所に行ったこと,〔5〕被告人が紙袋のような物の中に本件けん銃等を入れてエスティマに乗り込んできたが,その際,Jのほかにも,HやIがいることには特に苦情を言うことなく,タオルに巻かれたけん銃や,手袋あるいは軍手の中に入れた弾を見せて,その場で,簡単な説明をしてこれらを譲り渡し,100万円の入った封筒を受け取り,直ちにその場から立ち去ったこと,〔6〕12月中旬又は下旬ころ,IがJに対し,Hからの謝礼40万円を持参し,20万円ずつ折半したことの各点で供述が一致している。
イ I及びJは,強盗殺人等の被疑事実で逮捕勾留され,その後,強盗殺人,銃砲刀剣類所持等取締法違反の各幇助犯として起訴されており,自らの刑事責任の重さを自覚しながらも,本件けん銃等の調達先が被告人である旨を捜査公判を通じ一貫して供述している。特に被告人を巻き込む可能性について検討しても,I及びJが被告人に対して特に悪感情を抱いていたという事情はない上,仮に被告人以外の真の入手先があってそれを隠す必要があるとしても,あえて報復の危険を冒してまで暴力団幹部である被告人を巻き込むような虚偽の供述をする理由,動機が見いだし難い。
ウ I及びJの各公判供述中,□□□でI,J及びHの3名が待ち合わせたとする点については,これを裏付ける同店の伝票及びジャーナルや,その入店直前にHからIに携帯電話で連絡が入れられた記録が残っており,客観的証拠に裏付けられている。取り分け,□□□の伝票等は,Iが捜査機関に把握されていなかった□□□での集合の事実を供述し,その後の裏付捜査でIらの座ったテーブルの位置や注文内容が一致する伝票等が発見されたという経緯で特定されたものであって,□□□での集合事実を裏付けている。
そうすると,I及びJが共に,□□□で待ち合わせてHが現金を持参したことを確認した上で本件けん銃等の受渡しに向かった旨供述していることをも併せると,□□□での集合事実は,本件けん銃等の取引の過程を示す重要な事実ということができる。
エ Iは,Hが当時乗っていた車はベンツという認識であったにもかかわらず,Hが□□□に乗ってきた車はエスティマであった旨供述し,Jは,Hがエスティマに乗ってきたのを見たのはこのときだけである旨供述しており,その内容が具体的で相互に信用性を高めているだけでなく,□□□にHが乗ってきた車がエスティマであったことは,エスティマの所有者でありAの兄であるBの供述によっても裏付けられている。
オ I及びJは,被告人が本件けん銃等の受渡場所に乗ってきた車は,紺色ないし黒系統のエアロ付き3シリーズのBMWであった旨供述しているが,被告人が11月上旬ころの数日間,上記の特徴を有するBMW1台を預かって乗っていた事実が判明している。
(2)原判決は,I及びJの各公判供述は信用することができないとするが,その理由として説示するところは,いずれも首肯し難い。その主な点は次のとおりである。
ア HがI及びJにけん銃入手の仲介方を依頼した経緯について
原判決は,〔1〕Iが,10月初旬ころ,△△△か自宅あるいは実家の近くで,Hからけん銃の手配を依頼された旨供述するが,△△△は10月2日から同月14日までの間は営業していなかったなど,Iの供述は,△△△の営業実態等に合致しない,〔2〕10月初旬ころのHの携帯電話からI(携帯電話,自宅・実家の電話)への発信記録が皆無である,〔3〕IがJをHに引き合わせる際にIがJにあらかじめ用件を知らせたか否かについて,公判で,Iは知らせていなかったと供述し,Jもこれに沿う供述をするが,取調べ初期の段階では,I及びJは,知らせていた旨供述しており,変遷がみられる,〔4〕I及びJは,10月26日から同月28日のいずれかの日に,△△△において,HがJにけん銃入手を依頼した旨供述するが,10月26日から同月28日の△△△の会計伝票には,IあるいはJが△△△に来店したことを示す記載がないので,I及びJの各公判供述の信用性は乏しい,とする。
しかし,Iの記憶は,10月初旬ころという時期については,特に根拠もなく大体それぐらいだったという程度のものであり,場所についても,△△△か自宅,実家の近所であったという程度のものであって,原判決が〔1〕〔2〕で述べるように,期間を限定した上で,△△△の営業実態と両立しないことや携帯電話等への発信記録がないことを指摘したとしても,それがI及びJの各公判供述の信用性を左右するものではない。Iは,Hからけん銃入手を依頼され,その後も何度も電話があったが断っていたところ,弟のCがコンビニ強盗で10月23日に警察に逮捕され,その直後の24日にAからCを小ばかにするような電話を受けてHの上記依頼を受ける決意をした旨供述している。そして,Hの携帯電話から10月14日,18日から23日にIの実家に通話した記録があり,Cはコンビニ強盗を敢行した10月18日の少し前から家を出たきりであったことから,上記通話のうち少なくとも10月18日以降のものはIあてであったと推認されること,Hの携帯電話から10月22日,23日にIの携帯電話に通話した記録が残っていること,Hが中学時代からの親友であるDに対して10月14日にけん銃入手の意図があることを話していることなどを総合すれば,Iは,10月14日から23日までの間に,Hからけん銃入手の依頼を受けたものと推認することができる。
また,〔3〕の供述の変遷の点については,その内容に照らして,I及びJの各公判供述の信用性を左右するものではない。
さらに,〔4〕の△△△の会計伝票の記載の点については,関係者の供述によると,会計伝票に記載するような飲食の事実がなかった可能性がある上,飲食の事実があったとしてもそれを会計伝票に残さなかったこともあるというのである。さらに,会計伝票には日付の記載のないものが多数存在するなど,正確性が乏しいものであることも考慮すると,△△△の会計伝票が存在しないことを理由に,I及びJの各公判供述の信用性を否定することはできない。
イ Jが被告人に対しけん銃の入手方を依頼した経過について
原判決は,〔1〕I及びJの各公判供述は,△△△でJがHからけん銃の入手方を依頼された当日,I運転の車で帰宅途中に,Jが被告人に電話し,「道具段取りできますか。ポンプじゃないですよ,チャカですよ。」などとけん銃の入手方を依頼したとする点では一致するが,JがIの携帯電話で車内から電話し,IがJの話し声を直接聞いたのか(I供述),Jが車から降りて公衆電話ボックスから電話し,電話を終えて車に戻ったJがその内容をIに伝えたのか(J供述)の点で食い違いがある,〔2〕あっけないやりとりで,被告人からけん銃譲渡の承諾を受けたというのであり,あまりに内容が乏しい,〔3〕Jが被告人に対して電話でけん銃の入手方を依頼した事実関係の骨格部分について,I及びJの各警察官調書中には公判供述と異なる内容の供述記載があり,Iの供述に変遷が認められ,その信用性に疑いを差し挟む余地がある,とする。
しかし,Jは,その経過について,帰りの車の中でIから熱心な頼まれ方をして断りづらくなり,Iとの共通の知り合いの暴力団組員である被告人に電話をすることになった,Iの携帯電話で被告人の電話番号を調べ,盗聴の危険などを考えて途中の公衆電話を使って被告人に電話をかけ,「道具用意できますか。」と聞くと,被告人が「用意できるよ。」と普通に話してきたので,覚せい剤で使うポンプと勘違いしているのかと思って,「ポンプと違いますよ,けん銃ですよ。」と言うと,「分かってる。」ということになって,被告人がけん銃入手の承諾をしてくれた,自分は驚いた状態で車に戻って,その電話の内容を一部始終Iに話した,Iも驚いていたが,「用意できるんやったら何とか用意して」という話になり,自分も引くに引けずにけん銃の段取りをすることになった旨供述している。このように,Jは,被告人への電話で公衆電話を選択した理由,被告人との実際のやり取り,被告人の応答に驚いた様子などを具体的に述べており,実際に電話をした者の供述として迫真性があるといえるのであって,内容が乏しいという原判決の〔2〕の評価は当たらない。また,Iについては,Iの携帯電話で被告人の電話番号を調べたことや,Jと被告人の電話でのやり取りをJから細かく聞いたことなどから,記憶違いが生じた可能性がある。いずれにしても,原判決指摘のような供述の食い違いはあるものの,I及びJの供述は,JがHからけん銃入手を依頼され,Iからも懇願されて,△△△から帰る途中に,Jが被告人に電話をしてけん銃入手の承諾を得たという点で一致しているのであって,上記食い違いはその信用性を損なうようなものとはいえない。
〔3〕の供述の変遷については,確かにJの平成16年5月18日付け警察官調書には公判供述と異なる経過の記載があるが,同月21日付け検察官調書では,けん銃入手を浅田から依頼されて帰る途中に被告人と連絡をとった旨の公判供述に近い内容の供述に訂正されている。また,Iの同月3日付け警察官調書では,△△△からの帰りの車中で被告人に電話をしたとの部分が欠落しているが,逮捕直前の捜査のごく初期に録取された調書であって,I自身も,記憶違いや落ち着いて考えると違っていたところがあったと説明しており,車中でJが被告人に連絡したことは後に供述している。原判決が,これらを考慮せずに,記憶の整理や喚起が不十分な捜査初期段階の供述と公判供述とを形式的に対比するのは適切とはいい難い。むしろ,Iの上記警察官調書には,捜査初期のものでありながら,HからA殺害のためにけん銃入手の依頼を受け,それをJに取り次いだこと,Jが被告人からけん銃入手の段取りを付け,11月初めころ川西市内の阪神高速の高架下を通る側道でHが被告人からけん銃を代金100万円で受け取ったこと,Aが殺害された後,Hから謝礼として40万円を受け取り,Jと折半したことなど,公判供述の骨子となる部分が既に供述されているのであって,原判決の指摘は,Iの公判供述の内容に根本的な疑問を抱かせるようなものではない。
ウ 被告人との受渡日の確定等のやり取りと,Hへの連絡等について
原判決は,I及びJの各公判供述は,けん銃の種類,実包の数,調達可能な時期,代金額,受渡日等に関し,被告人との間で交わされたやり取りや,これをどのようにHに伝えたかについて,いずれも内容に乏しく,終始あいまいである,とする。
確かにあいまいさはあるが,全体的にみれば,被告人からのけん銃入手のめどが立ってから,その受渡日の11月8日までの間に,調達できるけん銃の種類,代金額,受渡日等につき,Jは被告人と連絡をとって確認し,IはJからその点を聞いてHに伝えたという形で,徐々に受渡しまでの段取りを進めていった状況が認められる。特に,Hがそれまでにけん銃入手でだまされたことがあるので,けん銃の受渡しに立ち会いたいと強く希望したため,1対1での受渡しをあらかじめ伝えてきていた被告人から怒られると覚悟の上で,内々にHをけん銃受渡しに連れて行くことにした旨のJの供述は,実際にそのような事実を体験しなければ語れない具体的なものといえる。
エ 本件けん銃等の受渡日当日の状況について
原判決は,本件けん銃等の受渡場所が道路状況や交通量に照らすとけん銃の受渡しをするには不自然な場所であること,被告人のBMWの停車位置がエスティマの前方であったのか(J供述),後方であったのか(I供述),本件けん銃等の受渡しが行われた際のエスティマ車内の各人の乗車位置について,被告人がエスティマに乗り込んだのは助手席だったのか(I供述),後部座席だったのか(J供述)など,I及びJの各公判供述には,明白な食い違いが認められるなど,種々の点で信用性に多大な疑問がある,とする。
しかし,道路の客観的状況のほか,Jが交通量がほとんどない場所と供述し,Iもお互いが路上駐車しても道路が混雑してクラクションを鳴らされたりしたという記憶がないと供述していることからすると,けん銃の受渡しをするのに不自然な場所との指摘は当たらない。また,被告人のBMWの停車位置,被告人がエスティマ車内に乗り込んだ場所について,原判決が指摘するとおりの食い違いがI及びJの供述には存在する。しかしながら,本件けん銃等の受渡場所でBMWで来た被告人と合流し,被告人がJが運転するエスティマに乗り込み,同車内で本件けん銃等を現金100万円と引換えにHに渡したという重要な点でJとIの供述は一致している。しかも,I及びJは,被告人がけん銃の使い方を説明し,受け取った100万円入りの封筒の中身を確認もしないで急いで帰った状況を一致して供述しており,その内容は具体的かつ詳細であって,経験していない事実を供述しているとは考え難い。そうすると,本件けん銃等の受渡しから約半年後のもので,自分自身の行動に関するものではないことなどをも考慮すると,どちらか一方に部分的な記憶違いや記憶の変容が起きても不自然とはいえず,重要な点で一致しているI及びJの各公判供述の信用性を左右しない。
オ 本件けん銃等の調達犯人として被告人の名前が出た経過について
原判決は,I及びJの各公判供述の信用性が乏しいことを前提に,平成16年4月に被告人がけん銃調達犯人としての嫌疑を受けるに至ったことを察知したI及びJが,被告人がけん銃調達犯人である旨の虚偽供述に及んだのではないかとする疑問が可能性の一つとして排斥できないなどとする。
しかし,前部(1)イのとおり,I及びJは,自らの刑事責任の重さを自覚しながらも本件けん銃等の調達先が被告人である旨を捜査公判を通じ一貫して供述している上,Jは,被告人とは,中古車販売の仲間であり,平成16年2月ころに女性問題を巡るトラブルを相談し,アドバイスを受けるなどしていた関係にあり,また,Iは,Jを介して被告人と知り合った程度の関係であって,いずれも被告人に対して特に悪感情を抱いていたという事情はなく,虚偽の供述をする理由,動機が見いだし難いのであって,原判決の指摘は,単なる憶測にすぎない。
カ Eの警察官調書における供述との関係について
原判決は,Jと生活を共にしていたEの警察官調書の供述中に,11月中旬ころ,Jにおいて,Hにけん銃を譲渡し,Hからその代金100万円の交付を受けた可能性をうかがわせるものが含まれており,I及びJの各公判供述中,Hが被告人から本件けん銃等を譲り受けたとする供述の骨格部分の信用性に重大な疑問を生じさせる,とする。
しかし,J及びIは,一貫して,被告人とHとの間のけん銃等の譲渡の仲介をしたことを認めた上で,その仲介謝礼の金額は各20万円であった旨供述している。このように,J及びIは,JがHに本件けん銃等を譲渡したことや,それに関してJがHから100万円を受領したことを明確に否定しており,他にJが浅田に本件けん銃等を譲渡したことをうかがわせる証拠はなく,Eの前記供述に沿う証拠は見当たらない。これらのことからすると,Eの前記供述をもって,Hが被告人から本件けん銃等を譲り受けたとするJ及びIの各公判供述の骨格部分の信用性に重大な疑問を生じさせるものとはいえない。
キ 被告人のアリバイについて
原判決は,被告人は,本件けん銃等の受渡しが行われた11月8日は土曜日であって,神戸市灘区摩耶(正しくは,同市中央区小野浜町)で毎週土曜日に開催されていた中古車のオークション会場に内妻と一緒に行っていたと思う旨述べ,アリバイの主張をしているが,同日,被告人がオークション会場に入場していたことを示す同人らの仮IDカード発行申請書等の存在が判明するなど,同日に被告人がオークション会場に入場したことが認められ,この事実は,同日,本件けん銃等の受渡場所に被告人が出向いたとする事実と両立しないか,少なくともその事実を認定するにつき重大な障害となる客観的事実というべきである,とする。
しかし,11月8日に被告人がオークション会場に入場したことが,被告人が本件けん銃等の受渡場所に出向いたとする事実と両立しないか,重大な障害となるとは直ちにいえない。すなわち,I及びJの供述によると,本件けん銃等の受渡しは11月8日昼ころであるところ,関係証拠によれば,オークション会場は入退場が自由であり,オークション会場から上記受渡場所までの距離は約35kmであって,土曜日の昼ころに制限速度を遵守したとしても片道約40分から約1時間で到着でき,午前11時ころにオークション会場を出発しても正午ころに上記受渡場所に到着することが可能であるし,また,正午ころにけん銃の受渡しを行った後,遅くとも午後1時ころに同会場に入場することが可能である。しかも,被告人のアリバイに関する関係者3名の公判供述についても,うち2名の供述は,11月8日に被告人と会ったかどうか記憶していない,又は11月8日の行動について記憶がないというものであり,11月8日にオークション会場で被告人と会って話をしたと供述する者も,その時間を確定することができず,昼過ぎから夕方までの間と思うという幅のあるものであって,11月8日昼ころを挟んだ前後1時間程度の被告人の行動を明らかにするものではない。また,原判決は,わざわざ所用のある日に本件けん銃等の受渡日を設定し,しかも,その場所をオークション会場から相当遠方に指定したことを合理的に説明できないとするが,実際にそれほど時間がかからずに往復でき,被告人らに土地鑑がある場所であることなどに照らし,不合理とはいえない。むしろ,I及びJの供述によると,被告人は本件けん銃等の受渡しの際に非常に急いでいたというのであるから,これを前提にすると,被告人に当日所用があったとしても,そのことは,本件当日にけん銃の受渡しがあったことと何ら矛盾する事情ではないというべきである。
4 以上によれば,原判決が,I及びJの各公判供述には信用性がなく,被告人がI及びJ同席の上Hに本件けん銃等を譲渡した事実は認められないとしているのは,証拠の評価を誤り,ひいては重大な事実の誤認をした疑いが顕著であるというべきである。そして,銃砲刀剣類所持等取締法違反の事実は,原判決が有罪であることを是認した業務上過失傷害の事実と刑法45条前段の併合罪の関係にあるとして起訴されたものであるから,上記の違法は,原判決の全部に影響を及ぼすものであり,原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。
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