このブログでは、時間外勤務手当について触れている裁判例を紹介しています(つづき)。
第三 当裁判所の判断
一 争点一について
1 被告は、本件協定書に基づき超勤深夜手当(残業代)を支払ってきた旨主張し、これに対し、原告らは、本件協定書に基づく賃金体系は、実質的には累進歩合制であるから、超勤深夜手当(残業代)は支給されていない旨反論する。そこで、本件協定書に基づく賃金体系の下、労働基準法三七条に基づく時間外等手当が支払われてきたと認められるのか否かについて、検討する。
2 本件協定書には、固定給として超勤深夜手当(残業代)(五万〇六〇〇円)が規定されているが、
これは、水揚額が責任水揚額(三二万円)に達しないときには、そもそも支給されない(〈証拠略〉)。また、水揚額が責任水揚額を超える場合には、本件協定書第四条により、水揚額に賃金比率を乗じた額から、基本給などの固定給と同額の一五万三六〇〇円が引かれることになり、結局は、支給総額は水揚額に賃金比率を乗じた金額であり、固定給は支払われなかったことと同じ結果となる。このことに照らすと、本件協定書による賃金体系が実質的に固定給が保障されている賃金体系であり、超勤深夜手当(残業代)が支給されていたと言えるのか疑問を抱かざるを得ない。
そして、昭和六二年に被告会社の代表取締役に就任した森稔は、右賃金体系によれば、実質は水揚額によって給料が決まり、労働基準法に違反しないように、超勤手当も含むという意味で金額を決めて支給していた旨述べている上(〈証拠略〉)、現に、原告らに配布された給料明細書をみると、水揚額と歩合割増しか記載されておらず、基本給など固定給部分の記載のないものがあったことが認められるのである(〈証拠略〉)。
そうすると、右賃金体系は、原告らが主張するように、累進歩合制とみるのが相当である。
3 なお、被告が主張するように、超勤深夜手当(残業代)を定額として支払うことには、勤務状況を正確に把握することの困難さや煩雑さに照らし、合理性がないではなく、右のような支払方法につき合意があった場合においては、その過不足分を支払えば足りると解する余地もある。
しかしながら、右のような支払方法が労働基準法三七条にかんがみ、有効といえるためには、そのような支払方法についての実質的な合意があったことはもちろんのこと、通常の労働時間の賃金にあたる部分と時間外及び深夜の割増賃金(残業代)にあたる部分とが判別できることが必要になると解される。さもなくば、同条に従った時間外手当(残業代)等の支払いがなされているか否かの確認は不可能で、同条の趣旨を潜脱するおそれがあるからである。
そこで、本件をみてみるに、本件協定書に、先立つ昭和五六年の労使協定に基づく賃金体系においても、超勤深夜手当(残業代)等の固定給という記載が見受けられるものの、これは、当時、労働基準監督署において、累進歩合制でない賃金制度を作るようにとの指導を受けたことから作成されたものであって、責任水揚額に達しないときには固定給は支給されないとされ(〈証拠略〉)、昭和五八年に入社した原告山崎は、給料体系について固定給制度であるとの説明を受けたことはなく(〈証拠略〉)、超勤深夜手当(残業代)の具体的根拠も必ずしも明確でないことからすると、右協定締結当時、労使間において、超勤深夜手当(残業代)が支給される旨の実質的合意があったとは認め難く、本件協定書締結に先だって、昭和六〇年一二月二一日、被告会社と徳島南海タクシー労働組合との間で、本件協定書と同旨の議事録が作成されており、協議がなされたことはうかがえるのであるが、本件協定書の賃金体系は,昭和五六年の労使協定に基づくものと、支給額の点を除いては、基本的に異なるものではなく、超勤深夜手当(残業代)を支給することについて、新たに合意がなされたと認めるに足りる証拠はない。さらに、既に述べたように、原告らに配布された給料明細書においても、基本給など固定給の記載がないものも見受けられることからすると、通常の労働時間の賃金にあたる部分と時間及び深夜の割増賃金(残業代)にあたる部分とが判別できるものでもない。
そうすると、被告の右主張は、その前提となる、労使間の実質的合意の存在や、右のような判別可能性を欠くといわざるをえず、採用できない。
4 以上の次第で、原告らに対し、労働基準法三七条に基づく時間外等手当が支給されていたとは認められない。
二 争点二について
1 平成八年六月及び一〇月の就業規則の変更が、労働者にとって不利益な変更であるのか否かについて、被告は、変更の結果、別紙五(〈証拠略〉)のようになるのであるから、必ずしも不利益な変更とはいえない旨主張する。
なるほど、被告が争点一で主張しているように、従前の賃金体系においても超勤深夜手当(残業代)が支給されているという前提で比較するかぎり、労働者にとって不利益な変更にあたらないと考える余地があるものの、右のような前提をとりえないことについては既に述べたとおりである。そして、被告主張の別紙五をみると、変更前の賃金に、後述のような超勤深夜手当(残業代)が支給されるとなると、変更後、労働者の賃金が減額となるのであって、また、被告会社が就業規則を変更する理由のひとつとして、経営状況が悪化していることを挙げていることからしても、右規則の変更が労働者にとって不利益なものであるといわざるをえない。
2 ところで、就業規則を一方的に労働者にとって不利益な内容に変更することは、原則として許されるものではないが、就業規則の統一性や画一性といった性質にかんがみると、全く許されないものではなく、当該規則条項が合理性を有するものであるかぎり、これに同意しない労働者に対しても、その効力を及ぼすことができる。そして、右の合理性の有無の判断は、規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、変更の必要性の内容、程度、これに代替する他の労働条件の有無といった内容的側面のみならず、変更に反対する者の手続保障の充足、すなわち、変更に賛成する労働組合との交渉がこれに反対する労働者に変更後の規則の効力を及ぼすことを正当化しうるような内容、実質を有するものであったのかどうか、また、反対している労働組合とも合意に向けた誠実な交渉がなされたのかどうか、といった事情をも総合考慮して、判断するのが相当である。
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